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  • 子どものころから化石に興味を持ち、福岡県飯塚市に「筑豊化石収蔵庫」を開設しているクロちゃんです。職業は、歯科技工士。北九州市にある「いのちのたび博物館」でも活動をしています。

僕と化石の出会い

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2006年7月

2006年7月30日 (日)

下関・恐竜足跡化石発見記 5

5回目です。

平成5年5月23日、快晴です。
いよいよ現地に調査にに行く日がきました。

用意をして家族と一緒に山口県下関市の某海岸へ向かいます。
(一応ここでは詳しい場所を記すのは伏せておきます)

某海岸には、植物化石を産する「豊西層群」の清末層と、貝化石を産する吉母層が露出しています。
今回は清末層が目的です。

現地に到着し車を停め、娘を連れて清末層の露頭へ向かいました。

露頭には潮溜まりが出来ていて、中には小さな魚やイソギンチャクなどがいて観察するのも楽しいものです。

早速、娘が潮溜まりで水遊びを始めました。

私は石に目をやることに、、、sign01

いきなりでした、、、。

本当に、、、。

目の前の黒っぽい泥岩層の中に3本指のように見える砂岩の「かたまり」が、、、。

「あ、あった!?、、、。」

今度はその「かたまり」をじっくり観察する。

恐竜の足跡には様々な状況が考えられる。
直接地面につけられた足跡の凹み。
その凹みに溜まった堆積物。
その下の層まで凹んだアンダープリント。
などである。

これが本当に恐竜の足跡ならば、凹みに溜まった堆積物ということになる。

また、足跡ということであれば歩行しているのだから続きがあるはずだ。

しかしここの清末層は、いまいち地層面がはっきりせず、この時はまだ良く分かりませんでした。

さてどうしよう、、、。

いろいろ考えて結論を出した。

この「かたまり」の周りは、海水による侵食と穿孔貝らしき影響で脆くなっていて、「かたまり」は少し浮いた状態になっていた。

「よし取り出そう。」

すでに「かたまり」は、たくさんの亀裂が入っていて取り出すとバラバラになりました。
そのバラバラになったものを、持って来たプラスチックのパンケースに順番に丁寧に収めました。
小さなかけらも一つ残らずケースに入れました。

取り出した後の地層面には、しっかりと凹みの跡が残りました。

「よし、うまくいったぞ!」

私は興奮しながら家に帰りました。

家に帰ってからは、まず「かたまり」の破片一つ一つの水洗いです。

表面には貝などもついていたので丁寧に剥がします。

その後乾燥させて、接着材でくっつけていきました。

そして、何とかその日のうちに元の形に復元できました。

「先生はこれを見て何ておっしゃるだろう、、、。」

私は、日頃お世話になっている北九州自然史博物館の岡崎先生に今日のことを手紙に書きました。

つづく。。。


2006年7月29日 (土)

海へ!

今日は休み。
2人の娘たちと遊びに行きたかったんだけど、バスケとバレーの部活の休みが合わず断念。。。

仕方が無いので、午前中から昼過ぎにかけて福岡市内に化石散策へ出掛けました。
このレポートは、また数回に分けてアップしますね。
ちなみに初福岡市内化石産地散策でした。

家に帰ってから、夕方車を替えて海を目指しました。

だって、夕方涼しくなったら急に海風に当たりたいと思ってしまったんだもんsmile

で、北九州方面の海に到着。

だけどせっかく日没前の空を撮ろうと思ったのに日が沈んでしまったぁcoldsweats02

薄暗くなった岸壁を歩いて、ふと水面を見ると、、、。

ギョ!

ウォ!

びっしりと小さな魚が群れをなして泳いでいるfish

デジカメを近づけて写した画像がこれ。

カタクチイワシの子どもかな?

旨そう。。。

頭の中はカラッと揚がったかき揚げが、、、。

そうこうしていると、もう8時近く。。。

いけないいけない帰らねば。。。

空を見上げれば

「きれい♪」

分かる人が見れば何処か分かりますよね、この景色moon3

こちらは水巻町付近の遠賀川の土手です。

夜風も気持ちいいnote

明日は仕事頑張るぞ

2006年7月28日 (金)

下関・恐竜足跡化石発見記 4


4回目です。

同じ頃、白亜紀前期の化石を多産することで知られる福井・石川・岐阜県境にまたがる手取層群と呼ばれる地層から恐竜類の足跡化石が発見され、新聞やテレビを賑わせていました。

私が所属する北九州自然史友の会・化石研究部会の室内講座でも、担当の岡崎先生による足跡化石についての講義が行われました。

様々な動物がどのような足跡を付けるか、どうやって化石になるかなどの話があり、その中で私が最も興味が湧いたのが、お隣の国「韓国」は世界3大恐竜足跡化石産地であるということです。

韓国の白亜紀の地層から見つかる貝などの化石から、北九州地方の白亜紀の地層と密接な関係があるのでは?と指摘されていたこともあり「これは面白いぞ!」と思いました。

話の中で岡崎先生は「脇野亜層群で恐竜足跡化石が見つかる可能性は十分にあります。もしかしたら小倉南区あたりで見つかるかもしれませんね」とおっしゃいました。

「見つけてやる!」
そう思ってまずは近場の脇野亜層群の地層を調べました。
しかし、なかなか見つかりそうな場所がありません。

宮若市(旧宮田町)と直方市の境では、地層面に漣痕(れんこん)(さざなみの痕)があり(現在は工事で消滅)、そこに恐竜の足跡を頭の中で重ねてイメージしながら探しましたが、残念ながら見つかりません。

当時恐竜足跡化石に関しての出版物もたくさん出ていたので、片っ端から購入し読んでいると、「ここしかない!」という結論に至りました。
以前友の会で行った下関市の豊西層群清末層のことです。

足跡が見つかっている手取層群では立派な植物化石を多産しています。
しかし脇野亜層群では植物化石の大きな標本は殆ど見つかっていません。

「よーし!清末層に絞って探しに行くぞ!」
そう決めた私は、探しに行く当日まで、足跡化石が夢にまで出てくるほどでした。
「ある、絶対ある。イメージ、イメージ。。。」

そして下関へ出かける当日になりました。

つづく。。。

写真は、清末層で産出したシダ植物化石

家の庭に「オニフスベ」その後。。。

数日前の写真です。。。

前回の写真は、マシュマロみたいなキノコだったのに今ではcoldsweats02

遠くから見ると石にしか見えませーん。

下関・恐竜足跡化石発見記 3

3回目です。

北九州自然史友の会・化石研究部会に入って、室内講座や野外観察・採集会などに出掛けるようになって、少しづつ化石のことが分かるようになってきました。

野外に出掛けた時は、まるでピクニックのような感覚で楽しく、皆さんはとても仲がよくて、初心者の私に親切に道具の選び方から化石の見つけ方、取り出し方を教えていただきました。

例えば取り出し方に関しては、化石の近くにタガネを入れるのではなく、ちょっと余裕を持って回りから時間をかけて取り出します。
石にも叩く場所や向きがあって、よく観察してから叩かないと化石が割れてバラバラになる危険性があるのです。

実際私も気が焦ってやらかしたことがあります。
一つの小さな化石を取り出すのでも焦ると飛ばしてしまって行方不明なんてことになりかねません。
とにかくじっくり根気です。
細かい所は、家に帰ってから少しづつ削って出します。
こんなことも先輩会員から教わったことです。

また、会員の方々は何にでも興味を持っているので、この植物はどうとか、この潮溜まりのイソギンチャクはどうとか、様々なことに対して解説してくれたり、疑問を投げかけたりして興味深い話がたくさん聞けました。

ある日、友の会で山口県下関市某所へ植物化石や貝化石を採集しに出掛けることになりました。
中生代ジュラ紀終末期から白亜紀初期にかけての清末層と呼ばれる地層から、シダ類など(クラドフレビス、オニキオプシス・エロンガータやニルソニア)の化石が見つかります。
私はあまり良い標本が取れなかったので、会員の一人から後日植物化石標本を譲っていただきました。

つづく。。。

2006年7月27日 (木)

職場の可愛いエビちゃん

職場のエビちゃんとか書くと、なんか誰かと勘違いしそうだけど、「ヤマトヌマエビ」のことです。

私の職場には、でっかい海水魚の水槽と淡水魚の水槽が複数あるのですが、私のデスクがある技工室にも水槽があって、ヤマトヌマエビが3匹入っています。

写真は携帯で撮ったものです。

実はこのエビ、この技工室で生まれた2世なのです。

もともと別の水槽にいたヤマトヌマエビが卵を抱いているのを確認し、隔離して卵を孵しました。

それからは大変でした、、、。

なんと、ヤマトヌマエビの赤ちゃんは一旦海まで下り、海水と淡水が混ざり合った汽水の環境で、しばらく過ごすと言うのです。
「うそやろ、、、。」
と、思ったのですが、せっかく孵った可愛い命ですので環境を出来るだけ再現して育ててみることにしました。

塩分濃度が異なる2つの水槽を用意したり、餌に不自由しないようにと海に水を汲みに行ったりと気が休まらなかったけど、多くの子どもを大きくすることが出来ました。

数が多かったので、いろんな方に貰ってもらい仕事場は現在3匹です。

それにしても大きくなったこと♪




2006年7月26日 (水)

下関・恐竜足跡化石発見記 2

2回目です。
足跡化石にたどり着くまでには、想いや出会いなどの段階や時の流れが関っているので、ちょっと長くなるかもしれませんが、お付き合い下さい。


「恐竜」って、凄く人気がありますよね。
大きくて迫力があって、現在の生物とはちょっと違ってて魅力があります。

恐竜が生きていた時代の地層と言えば、私が住んでいる福岡県飯塚市からは目と鼻の先に「脇野亜層群」と呼ばれる白亜紀前期の地層があります。

私は小学生の頃から、その地層が露出している現在宮若市(旧宮田町)の千石峡に通っては湖などに堆積した地層から貝化石を採集していました。

その千石峡から肉食恐竜の歯化石発見のニュースを見たときはビックリしましたね。
恐竜がとても身近な存在に感じるようになりました。
この頃の私は、まだ北九州自然史友の会には所属しておらず、化石ファンの一人でした。

結婚し、長女が生まれ、化石から遠ざかっていたある日、家族で千石峡に水遊びに行くことになりました。

現地に到着し、娘を連れて水辺へ。
周りの岩の中には巻貝の化石がたくさん。
「懐かしいなぁ」
娘を遊ばせながら付近の転石に目をやる。
「ちょっと久しぶりに探してみよう」

転石の中の巻貝の綺麗に抜けた跡を探しつつ、脊椎動物の化石がないかなぁと見ていると、「あれ?」

石のあちこちに黒い骨のようなものが見える。
手にとってみると、黒いものの中は小さな穴が無数に開いててスポンジ状になっている。
牛などの骨を折ったときに見えるのと同じだ。
私は大事にその転石を家に持ち帰った。

それからしばらく時が経ち、ある日家で新聞を見ていると、北九州市立自然史博物館で特別展があっている広告があり、学芸員の先生のインタビュー記事が載っていた。

「行ってみるか、、、。」
「もしかしたら化石を見てもらえるかもしれない」

そう思って化石?を手に、当時八幡駅の2階にあった博物館に出掛けた。(現在は移転。スペースワールドの隣)

博物館に到着し展示物を見て回った後、学芸員の方々がいらっしゃる部屋へ、、、。

「すみませーん」
呼びブザーを鳴らして声をかける。
化石を見てもらいたい旨を伝えると、中から学芸員の岡崎先生が出てこられた。

「千石峡で採集したんですけど、よく分からなくて、、、。」
先生は
「これは大変なものですよ、カメの甲羅です。」
と答えてくださった。

なるほど、カメの甲羅にみえる。

それから、千石峡ではカメの甲羅の他に、ワニの歯や骨が見つかっていることを教えていただいた。

先生から
「博物館には友の会という団体があって、化石研究部会もあるから良かったら試しに参加してみませんか?」
と尋ねられて「参加してみます」と答えた。

私と「北九州自然史友の会」との出会いである。

つづく。。。

下関・恐竜足跡化石発見記 1


平成5年のことです。

私は化石に興味を持ってから最大の興奮を体験することになります。

それは山口県下関市の中生代ジュラ紀終末〜白亜紀初期にかけての地層から、恐竜類のものと見られる足跡化石を発見したからです。

当時、空前の恐竜ブームだったせいもあり、「日本最古の恐竜足跡化石発見」と、新聞やテレビで大きく取り上げられました。

写真は、現在収蔵されている北九州市立自然史・歴史博物館「いのちのたび博物館」の足跡化石です。

向かって左が最初に私が取り出したもの。
右は後に博物館が取り出したものです。

大きさ形は違いますが、ともに鳥脚類のイグアノドンのような恐竜がつけたのではと考えられています。

足跡化石はどうやってできたかというと、川や湖や海などの岸辺の比較的軟らかい土の上を動物が歩き、足形の凹みをつけ、その凹みに水の流れによって運ばれた泥や土が溜まって覆い、さらに水の流れが足跡の部分の泥や土を残して周りの泥や土を運び去り、またまた水の流れによって運ばれてきた泥や土がその上を覆う。
その後地中で圧を受けて石となり、地殻変動で地層が隆起したりして私たちの目に触れることになるのです。

凹みの中の堆積物のかたまりが写真のものということになります。

これから、数回に渡って【どうやって足跡化石を見つけたか】
【その時のエピソードは?】【なぜ足跡化石と言えるのか】などについて書いていこうと思います。

2006年7月23日 (日)

「歯」の化石10 恐竜類8 獣脚類3

白亜紀後期に生息していた「スピノサウルス」の歯です。
産地はモロッコです。
10年くらい前に私が購入したものですが、この頃はまだ高かったですねぇ。
恐竜類の中でも比較的安くて購入しやすいスピノサウルスの歯ですが、最近は特に安くて、このくらいのサイズなら数千円で購入できますね。
以前は数万円、人気の恐竜なら10万円くらいしてたんですけどね。
ちなみに大きなものは縦にスジが入ります。


写真はスピノサウルスの上顎骨。
このスピノサウルス類は獣脚類の中では、ちょっと変わってて顔が細長くなっています。
食性は主に魚食で肉も食べていたようです。


スピノサウルスの歯は細長いですが、同じスピノサウルス科でも、スコミムスやバリオニクスは、まるでワニのような円錐型の歯をしていて魚を食べていたというのが歯からも想像できます。
この2種は、さらに顔が細長くなっています。

2006年7月22日 (土)

Q-ringナビゲーター説明会に行ってきました


21日の夜、QTNetさん主催による「Q-ringナビゲーター説明会」に行ってきました。

九州で活躍する各分野の方々が集まるということで興味津々。
実際に会うと、どんな感じなんだろう?

場所は福岡市警固の「BAR ROSA ROSA」
そう、ナビゲーターのロッサロッサさんのお店です。

福岡ということで、久しぶりに赤いスポーツカーを車庫から出して行ってまいりました。
車高が低くて神経遣うけど、国体道路沿いということで問題なしでした。

内容はどうだったかというと。。。

まず最初にQTNetからのお話があり、「これからも頑張るぞ!」という気持ちになりました。

その後は、異業種交流会みたいで楽しかったぁ♪
テレビで拝見した方もいらっしゃったし、色々楽しい話、勉強になる話などなど時を忘れて交流しました。

ブログだけじゃ分からない話も聞けて、「この人って、こんな仕事してたんだぁ」なんてこともあったし、まだまだ話したかったなぁ〜、また皆さんとお会いしたいなぁ〜と思いながら帰路につきました。